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2013年12月23日 在京メンバーミニ忘年会 熊丸秀和

こんにちは

早いもので長崎の同窓会からひと月半経ってしまいまし た。

改めて今回の同窓会を、企画・実行して戴いた長崎の[と 〜く会]の皆さんに心より感謝し、今は送って頂いた[DVD・ CD]を楽しんでいます。

東京ではまだ忘年会をやっていなかったので、12月20日 (金)に急遽時間の取れる人だけで[ミニ忘年会]をやる事 になり、いつもの暇人?6名が集まりました。

(桑野君、上原君、寺尾君、森山君、村山君、熊丸)

実は、11月の長崎での同窓会で提案が有りました、2年 後に関東で[と〜く会同窓会]をやろうか?と言う件に関し 皆に意見を聞く為でもありました。

日時、場所、企画、予算、その他諸々の意見が出ました が、やるとしたら、まず女性の協力が最も必要になるの で、来年桑野君を中心に、改めてもっと多くの人に集まっ てもらい、話し合おうと言う事になりました。

その後は、上原君の[欧米のクリスマス写真]の話や、年 金経済、その他取り止めのない話で盛り上がり、最後は 隣で宴会をやっていたグループを巻き込み、大騒ぎの中で
散会となりました・・・・・・・が、素直に解散するはずもなく、
いつもの二次会となりました。

余談になりますが、長崎で宮崎牧子さんと歌ったデュエット曲は最初は4年 前の嬉野温泉での同窓会の時、宮崎さんと山本明仙さんと言う方が出した [ふたりの街角]と言う曲が有る事を知り、興味が有ったので探してみたので すが見つからず、二年前の大阪での同窓会でその事を話すと、すぐにCDを送 ってくれました。そして今回の同窓会の一週間前に、「一緒に歌いましょう か?」との話が有り、下手でも良ければとの事でOKしたのですが、何せ、東 京と長崎の為、打ち合わせも出来ず開場の30分前に一回だけの音合わせ。

おかげで本番では私の音程はボロボロ・・・・

宮崎さん、ごめんなさい。
もう二度と無いかもしれませんが、練習しておきます。 v(^^)熊丸秀和




2013年12月6日 長崎西高物理部が大賞! 三浦こずえ

衛星設計コンテストジュニア部門で入賞した生徒
=長崎市、県立長崎西高
長崎西高物理部が「第21回衛星設計コンテスト」 で大賞に輝きました。

2位にあたる「宇宙科学振興会賞」にも同部別グル ープの成果が選ばれたそうです。
(長崎新聞2013年12月6日22面記事より)

詳細は下記、PDFファイルを開いてお読みくださ い。
長崎西高物理部大賞受賞(長崎新聞)

2013年12月4日 横浜桜木町より 木下正昭
三浦様
とーく会の皆様へ

先日の同窓会に参加させていただきありがとうございました。
45年以上振りにお会いする皆さんも多かったですが、いくつになっても面影は残っているものですね。
ほんとに懐かしかったです。
それにしても、とーく会の皆さんは若々しく(髪の毛のことではないですよ)、エネルギーをたくさんいただきま した。

三浦さんには、色々気を使っていただき、本当に申し訳ありませんでした。
事前に自己紹介をしておけば良かったですが、結果はオーライでした。
ちなみに、私は1年8組 石川先生、 2年1組 羽矢先生でした。
昨日から横浜に出張中です。

このところ、月に1〜2回くらい、東京地区に出てきています。
前回来た時に行った香露庵(こうろあん)という蕎麦屋の「きざみ鴨せいろ」 実に旨かった。
みなとみらいから横浜駅に向かって中ほどの右側の路地にあります。
関東地区のかた、もし機会があればどうぞ。

店の名前がついた焼酎もありますよ。
久しぶりと言えば、今年の6月、高校時代にお世 話になったオハイオ州のクリーブランドのご家族を 訪問しました。

当時、ばりばりの大学教授だったお母さんは92歳 になりましたが、今も元気で小さな本屋さんを趣味 的に経営しています。
別れの挨拶は、「3年後には95歳の誕生会をぱっ とやるから、次回は奥さんを連れて来い」と。

横浜桜木町より
木下正昭

左端が木下さん

2013年11月28日 ビデオ編集頑張ってます 佐々木博司
三浦様

お疲れ様です。
今日は、休みで朝から同窓会ビデオ編集をやって ます。
「さるく会」は終わり、いま同窓会の自己紹介後半 の部分です。
かなり長いので編集に苦労してます。
もう少しお時間を下さい。


2013年11月23日 追悼 遠山博文先生 三浦こずえ
11月2日、遠山博文先生が72歳でお亡くなりになりました。
遠山先生は昭和41年から42年の2年間、西高に勤務されまし たが、私は英語を教えていただきました。

とーく会ホームページでも「恩師の近況」に登場していただいた ことがあります。
72歳という若さでお亡くなりになりましたが、「日米交流人形研 究家」でもありました。このたび長崎新聞に追悼の記事が掲載 されました。
2013年11月22日付け 長崎新聞9面
長崎親善人形の会(瓊子の会) 会長 山下昭子さんが書か れた記事です。
追悼 遠山博文さん13.11.22追悼 遠山博文さん.pdf
下記、先生がロータリークラブで講演されたときの文章も見つけましたので、ご覧ください。
「青い目の人形エレン・Cと答礼人形長崎瓊子(たまこ)の背景」

2013年11月8日 3年の担任だった平松先生宅訪問 三浦こずえ
同窓会を明日に控えた11月7日、3年の時同じク ラスだった大阪にお住いの江川悟さんが、私のう ちに遊びにいらっしゃいましたので、3年の時の 担任だった平松先生宅へ行ってきました。
先生は現在84歳。
お顔の色もよくてお元気そうです。
75歳の時に運転免許を返上されましたので、現 在は歩いたり、タクシーで用事を済ませていらっ しゃるとの事です。
しかし、かなりきつい坂道の途中にご自宅があ り、これは大変だなと思いました。

奥様と二人暮らしですが、現在の趣味はパソコンだそうです。
パソコンは苦手だと思っているとーく会メンバーも多いと思いますが、先生に負けてはいられませんよね。
上のお二人の写真、どうですか?もうこの年になると、恩師と教え子というのもどうだかわからなくなりまし たね。
昔、授業中に居眠りしたり、他の科目の教科書を広げていたりしたら、チョークが飛んできていました。
先生、「今の時代だったら大変だっただろうね。」とおっしゃっていました。


2013年10月22日 ガーデンテラス長崎(同窓会会場)での打ち合わせ 三浦こずえ
同窓会の開催日まで3週間を切った10月21日(月)、幹事4人でホテルに出向き、担当の方と打ち合わせを してきました。
出席したのは、櫻井さん、島崎さん、宮崎さん、三浦の4人です。

もし、自家用車でおいでになる方は広い駐車場があります。

フロントは2階にありますが、私たちが同窓会をやるのは1 階になります。
そのフロアに着くと、広い待ち合わせスペースがあり、又、 着替えをしたい方用に個室も完備されていました。

宴会場は1階の「ザ・サウス」という部屋。とても広くて130 名ほど入れる部屋ですので、半分に仕切った分を使うとい うことでした。

当日島崎さんのノートパソコンを使わせていただきますの で、島崎さんにはパソコンも持ってきていただきました。
部屋の片隅に機械ブース(右上写真)があり、プロジェクタ ー、DVD、CDなどの操作もここでできます。

まず、パソコンを繋ぎ写真をスクリーンに映してみます。
スクリーンは前後に2枚あり、どのような席からも無理なく 見ることができます。
ここで終わったばかりのさるくの様子を映していきますよ!
テーブルは円形テーブル8人掛けです。
5時半から写真撮影ですので、テーブルは端に寄せて撮 影を済ませていただき、ホテルの方が元の位置に戻してく ださるそうです。

式次第についても詳細に聞かれましたので、宴会はスム ーズにいくと思いますよ。

カラオケも自由に使わせて頂けるそうです。

このホテルでは2次会も含めて、9時45分ごろには終了する予定です。
たぶん、このままではまだしゃべり足りないと思われる方もいらっしゃると思いますので、私たちは3次会の 会場も2か所、用意いたしました。3次会への参加の有無は受付で確認させていただきます。

ホテルからの帰りの送迎バスも3台用意していただきます。
2台は3次会会場近くまで、1台は帰宅される方を駅前までお送りいたします。

ベランダに出てみました。ベランダから下を見ると、とても美しい庭園が造ってあり、正面は夜景を見ること ができます。喫煙コーナーもこのベランダにあります。

このところ、結婚式ではとても人気があるホテルですので、料理もおいしく、夜景も楽しめ、同窓会も皆様に とって、いい思い出になると思います。是非、楽しみにしておいでください。

2013年10月18日 長崎くんちに行ってきました! 池田文夫



2013年の長崎くんち見物を堪能しました。

長崎くんちの奉納踊りは諏訪神社や長崎市公会堂、お旅 所、八坂神社で披露される。諏訪神社のマス席は1席(ぎり ぎり4人座れる)の料金はA席3万円と高い。

またかなり前に前売り券を発売するので、入手しにくい。こ のため毎年、無料の7日午前8時から始まる長崎市公会堂 でのチケットは無料。女房殿が2枚、努力して手に入り、女 房殿と2人で見物した。

今年の踊町は桶屋町(本踊)、船大工町(川船)、丸山町 (本踊)、本石灰町(御朱印船)、栄町(阿蘭陀万歳)、万屋 町(鯨の潮吹き)の6か町。
いずれも傘鉾がある=いずれも前日の奉納順=。
踊り3つ、曳きもの3つ。龍踊も人気の太鼓山コッコデショも 出ていないので人気はいまひとつか。

公会堂前の踊り馬場の解説者は一昨年まで元長崎市立博 物館長で長崎歴史文化博物館に勤めていたいた原田博二 さん(長崎史談会長)が長年勤めていたが、博物館を退職し て、昨年はくんち応援団の一人がしていたが、全く面白くな かった。

今年は長崎市歴史民俗資料館 館長 永松実さん

聞き手は豊崎なつきさん(NBC長崎放送アナウンサー)のコ ンビ。今年はこのコンビがとてもよく、永松館長の説明も面 白く、豊崎アナウンサーの盛り上げも素晴らしかった。

2人は今年は猛暑で暑く、稽古がきつかったが、暑さに耐 え、頑張ってきたと、説明していた。







この会場には白トッポはおらず、一昨年の踊町の面々が盛 り上げ役。モッテコ(ー)イ 
アンコールの意で用いられる。厳密には、傘鉾や演目を終え て運び出された曳物や担ぎ物を「(もう一度)持ってこい」とい う意味であったと言われる。また出番前の町に対しても用い られることがある。なお「モッテコーイ、モッテコイ」と掛け 声は2回掛けられる。NHK長崎放送局が毎月発行している 広報誌「もってこい長崎」は、この掛け声から採られている。 また、かつては広報誌と同タイトルの地域番組もNHK長崎放 送局が放送していた。

<ショモーヤーレ>
「所望(する。もう一度)やれ」から来たと言われる、踊りなど へのアンコールのためのかけ声。上記の「モッテコイ」と使い 分けられる。

<フトーマワレ> 
傘鉾が回るときに掛けられる掛け声。「太く(=大きく)回れ」 の意味。

<ヨイヤー >
傘鉾が見事に回ったときにかけられる掛け声。長崎独特の 凧揚げ(ハタ揚げ)では「勝負あり」の掛け声でも使われる。
などを観客に説明して、開演前に練習した。

 桶屋町 
最初は桶屋町の登場。鎖国時代、長崎に象が上陸したが 本踊のルーツとされ、子どもたちが象を引き連れて登場する シーンや藤間流藤間金弥社中の名取の優美な所作が見も の。

傘鉾は長崎市指定有形文化財。朱塗りの台上に白象と金 色の宮殿を配し、象の両腹に時計を彫刻し、宮殿内にはブ ロンズ製紅毛人打鐘の像を置いている。

会場の桟敷一杯(私の計算では約2000人ほどか)。拍手 と歓声に迎えられ、傘鉾が舞う。重さ100キロを軽々と担 ぐ。フトーマワレと掛け声が飛ぶ。これに応えようと、力自慢 の担ぎ手は一生懸命だ。

踊りは6人の踊り子が神官と巫女に扮しし神事の舞を披露 した。中心になる伴美咲こと藤間金由喜は私事だが、私と 血のつながりはないが遠い親戚。そのこともあり、熱心に鑑 賞した。アンコールは定番の長崎ぶらぶら節など。藤間流の 名取だけにあでやかだった。




 船大工町 
 昔、船大工が多く住んでいたことに町名を由来する。現在、川船を奉納す る町は7町あり、毎年、川船は毎年見れる。気持ちを込めて曳きまわすスピ ード感が見どころ。

傘鉾は傘ががなく、前踊町 でここだけがないのが特 徴。
川船は2トンで川船としてはやや重い方か。
網打ち船頭は松崎凛央君(10歳)。
中島川のコイを網で獲り、神殿へ奉納する役。

2回して、まずまずの出来。根曳衆は22人。

豪快でスピード感あふれ、前進後進、2回転半の 右回しに逆回しと、踊り馬場狭しと動き回り、観衆 は「モッテコーイ」を連発していた。

 丸山町 
昭和40年を最後に途絶えていたが、前回の7年前から再び、参加するように なった。かっての江戸の吉原、京都の島原ともに3大花街も今は昔。しかし丸 山芸妓はその伝統を受け継ぎ、伝統と歴史が見どころ。

傘鉾は朱塗りの台に金色丸額を配し、丸山町と記している。
本踊りは、祭りの賑わいを 表し、2人の芸妓が入った獅 子は飛び跳ね、転がり、 荒々しく飛び回っためりはり の利いたかね、太鼓、三味 線の音色が織りなす変化に 富んで、「ショモヤーレー」に 応えて、丸山芸妓の意地 で、観客に応えていた。

 本石灰町 
本石灰町ゆかりの貿易商・荒木宗太郎がベトナム王女をめとり、長崎に 返ってくるという設定を「御朱印船」を用いて表現。豪快な船回しが見も の。

傘鉾はアニオー行列を刺繍で再現。御朱印船主、宗太郎が豊臣秀吉か ら朱印状を受けたことから秀吉の千成瓢箪1対を台上に載せている。

くんちでも最重量級の5トンの御朱印船が大海原に突き進む情景を豪快 な船回しで表現。威勢よく「エイオー」と声をかけて、何度も「モッテコー イ」のアンコールに応えていた。

 栄町 
華やかな演出っとコミカルな踊りが見もの。
阿蘭陀万歳は新橋町も含め19回目の出場。

傘鉾は四季模様を大和絵にして書いた貝2組に紅葉を配し た。

「万歳」と「才蔵」には初めて男性を起用。西村圭さん(花柳 太香九郎)と折原悠希さん(花柳悠寿郎)の2人で幼稚園の 同級生とか。駆けたり飛び跳ねたり全身で楽しさを伝え、笑 いを誘った。





「ヨッシリヨイサ」の掛け声は、この出 し物だけのもの。掛け声で囃子のテ ンポがだんだん、速くなる高く潮を噴 き上げる鯨で濡れた踊り馬場で、勢 いよく曳き回し、鯨が船に追われて逃 げ惑うのを表現して、迫力満点。
 万屋町 
佐賀県の呼子にルーツを持つといわれる。根曳衆が鯨と一体になっ て曳き回し、鯨が潮を吹く。


傘鉾の垂は今回、新調。長崎刺繍で魚づくし。1メートル以上の鯛 やふぐなど豪華な刺繍に見とれる。








 長崎くんちのお下りなどを楽しむ 
7日朝、長崎市公会堂前広場で奉納踊りを堪能した後は、 もう昼近くなった。近くの市役所の食堂で食事するのが毎年 恒例。

この後、いつもは夢彩都に行って、女房殿の買い物に付き 合うのだが、今年はお下りと傘鉾パレードを見ようと、市役 所から県庁―大波止までのコースを回ることにした。

午後1時に諏訪神社から諏訪、森崎、住吉の3社の神輿が 大波止の御旅所へ。今年の神輿守町西山神輿守連合会が 同神社の長坂から階段を下る。沿道は観客でいっぱい。縁 起をかついで神輿に賽銭を投げたり、神輿守町の人たちが 持っている賽銭箱にお金を入れたりしていた。行列は大人 から学生を除き、子どもや赤ちゃんも参加。

 市役所通りから県庁坂中央に移り、神輿が一気に下るの を見ようとしたが、最近は、大波止の国道、電車通りを渡っ てから夢彩都までの長くても約50メートルもないコースを全 力疾走するだけ。これには見物人のがっかりした人が多く 「県庁坂から大波止の国道までを全力してもらったら」とつぶ やく人が多かった。

お下りに続き、傘鉾パレード。100キロもする重量を1人で 持ち上げ、市役所から県庁下でのメイン通り1.5キロをパレ ード。途中、6か町が一斉に回るサービスも。見物人から「フ t−マワレ」という掛け声も飛んだ。

お下りは午後2時半ごろには終わり、神輿は御旅所に鎮 座。私たち夫婦も信心は全くないけど、5円玉を投げて、お 参り。家内安全などを願った。

いつものように露店で梅が枝餅を買い、自宅で食べた。露店 は焼きいかやりんご飴、焼き鳥などずらりとあるが、人気は 梅が枝餅。
一度、本場の大宰府で食べたが、固くて、あまりおいしくない。くんちの露店が一番、おいしい。長崎人は甘 いもの好きか。カステラなども長崎名物は甘く、醤油は関東は辛い。逆に東京の友達を連れて刺身を食べに 行ったら、「長崎の醤油は甘いので」と醤油持参している人もいる。

ところで8日は台風の影響で、お旅所も参拝者はまだらで、庭先回りも6か町のうち5か町がアーケードを中 心にしただけと新聞に書いてあった。奉納踊りは中止され、お上りと奉納踊りは12年ぶりに10日に順延され た。10日も8日に満足にできなかった庭先回りは行う。9日と10日は用事があるので、私の今年のくんち見 物は7日だけだった。

2013年9月13日 2013年長崎西高在京同窓会のお知らせ 熊丸秀和
10月26日(土) 東京では在京同窓総会が行われます。
既にご連絡を戴いている以外の方で、ご参加戴けそうな方達の 多数のご連絡をお待ちしております。
人数が揃えば昨年と同じ錦糸町駅の傍で[二次会]を行う予定で おります。宜しくお願い致します。

携帯 : 08033871259
メールアドレス : h-kumamaru@ac.auone-net.jp
 第40回 長崎西高在京同窓会
 日時:10月26日(土) 受付開始14:30
 会場:ホテルイースト21東京(1F イースト21ホール)
 住所:東京都江東区東陽6-3-3
 アクセス:東陽町駅[東京メトロ東西線]下車徒歩7分
      (シャトルバスあり)
 TEL:03-5683-5683

2013年8月31日 島原温泉ガマダス花火大会で写真を撮りました! 池田文夫
7月末の長崎みなと祭りで花火の写真に挑戦したが、失 敗。この欄にも失敗写真を載せた。

今度は性懲りもなく27日の島原温泉ガマダス花火大会に 挑戦した。

この花火大会は歴史があり、島原鉄道主催で行われてき たが、平成3年の雲仙普賢岳災害で、経営が悪化して主 催から降りた。市民らから花火大会の開催要望が強く、平 成5年から島原温泉旅館組合の主催で実施。しかしこれも 無理があり、平成14年から島原温泉観光協会の主催で行 われるようになり、現在に至っている。

長崎のみなと祭りは2000発と3000発を2日間にかけて 打ち上げるが、島原は1日で6000発と多い。長崎の花火 大会にはない早打ちや水中花火、大玉の花火もある。露店 も115店出て、外港から秩父が浦の約1キロの国道は歩 行者専用になり、絶好の見物場所。ここを中心に島原半島 各地区から約45000人の現物客が訪れる。しかし人出は 長崎が多いと思うが。

一つだけの欠点は打ち上げ場所が島原外港沖で熊本航路 の定期船があるため、最終船が到着してからの打ち上げ。 8時にはもう真っ暗なのに、この関係で8時半から開始。8 時から打ち上げてという要望は多いとか。

花火の打ち上げ時間も長崎は30分で終わるが、島原は1 時間。もっとも他の地区、たとえば、東京などから来た人は 隅田川や多摩川の花火では2万発以上で、少し欲求不満 とか。しかし長崎住んでいる人は、島原で十分満足。
 
 


花火の写真撮影は、結果から言うと、満足度はゼロ。撮影した場所が全く駄目でよい写真が取れなかった。

一応、島原市役所に聞いてから行き、最初に島原アリーナで撮影しようと思ったが、露店もあり、人出が多 いだろうと思いアリーナから、さら約300メートル上の湧水で有名なわれん川そばの公園で撮影することに。

この公園からでは、打ち上げ場所から小山があり、水中花火は撮れず、高く上げない花火も撮影できなかっ た。また大玉花火はプログラムが分らないため、いつ上がるかわからず、撮影できなかった。しかし前回のよ うに写真がぶれたのは少しだった。場所取りの重要さがわかっただけでもよかった。

400枚ほどシャッターを押したが満足はいかず、花火写真の難しさがわかった。

9月22日だったかな、ハウステンボスで2万発の花火大会があるが、もう一度、挑戦しようか、来年にしよう か迷っている。

2013年7月30日 ながさきみなとまつりで花火の写真に挑戦してみました! 池田文夫
「ながさきみなとまつり」はペーロン大会と花火大会がメーン。
昨年に続き、花火大会の写真を撮るのに挑戦した。撮影場所は、鍋冠山が一番良いのだが、場所取りが大 変。稲佐山も人出が多い。写真講座の仲間が女神大橋が一番良いというので、女神大橋に行くことにした。

昨年はグラバー園で撮影したが近すぎ、花火だけしか撮れなかった。
女神大橋では夜景をバックに撮れるだろうと思って勇んで行った。

だが、女神大橋もで人がいっぱい。場所取りもあったので早めに行ったので、やっとのことで駐車場に止めら れた。撮影場所には二重三重の人出。しかし思ったほど夜景が見えない。写真講座の講師がマニュアルで、 ISO感度100。露出は13から16にするとよいと指導を受けたのでその通りにした。



撮影場所の女神大橋から花火の打ち上げる場所まで遠いので、ズームは300にして三脚にセット。
いざ打ち上げとなったが、花火にピントが合わず、リモコンのシャッターが切れないというハプニング。リモコン を取って、カメラのファインダーを覗いてシャッターを手押し。

手押しなのでブレまくりでシャープな写真が取れない。その上、自殺予防で新しくできた橋の欄干などが邪魔 になり、カメラの上下の向きが自由にできない。中には水面に光が反射してきれいなものもあったが、夜景を バックにというのは当てが外れた。

そのうえ、写真講座の講師の説明の通りでは写真が暗すぎる。ピントが合わなかったのはこのため。自分の 勘でカメラを操作した方がよかった。しかし花火は20分ほどで予定の3000発が打ち上げられ、自己流でし ようと思った時は花火大会は終わってしまった。







200枚ほど写したが、満足できるのはゼロ。パソコンで見たが、やっぱりブレまくり。そのなかから、最低限度 見れるのを約20枚、トレミングしてみた。
講座の仲間に「下手だなー」と冷ややかな目で見られてしまう。がっくり。
来年は他の場所から、近くもない遠くもない場所を見つけて、世界三大夜景に認定された長崎の夜景をバッ クにチャレンジするぞと思った。






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